概要
タンパク質や核酸を用いた医薬品は、これまで完治が難しかった疾患に対する有望な治療方法として、近年の医薬品開発におけるメガトレンドです。その一方で、これら医薬品は注射投与が一般的で、患者に痛み (侵襲性) と通院の負担が伴います。なぜなら、タンパク質や核酸は経口投与では体内に吸収されにくく、液体中で不安定であるため投与直前に調製する必要があるためです。加えて、熱にも不安定なので保存に特殊な冷蔵設備も必要となります。そこで当研究室では、タンパク質や核酸を「非侵襲的かつ自宅で自己投与できる医薬品」、「室温で長期間保存できる医薬品」として開発する研究を推進しています。
本研究では、タンパク質を吸入用粉末剤として製剤化する新規技術を開発しました。吸入粉末剤は侵襲性が低く、薬剤師が吸入指導をすれば自宅で治療ができます。加えて、粉末剤は後進国など冷蔵設備の整っていない地域への流通および大規模自然災害時の保存に絶大な貢献が期待できます。
既存の吸入粉末剤の製造方法の多くは、薬物を粉末固化するために熱を用いるため、熱に弱いタンパク質の分解または失活が懸念されます。そこで本研究では、エレクトロスピニング (電界紡糸; ES) 法を用いた製造技術に着目しました。ES法は、薬物を含む液体に数キロボルトの電圧を加えることで、室温以下で固化可能な技術です。得られる固体は直径数百ナノメートルのナノファイバーを形成しています。一定量以上の添加物 (生分解性の高分子ポリマー) が必要であるものの、あらゆる薬物を固化することができます。
本研究では、添加物にポリビニルアルコールとD(-)-マンニトール、モデル薬物としてタンパク質であるα-キモトリプシンからなるナノファイバーを凍結粉砕することにより、吸入粉末剤を製造しました。ポリビニルアルコールはナノファイバーの形成、D(-)-マンニトールは粉砕時間の短縮 (0.5分未満) に貢献し、α-キモトリプシンを分解?失活させることなく吸入粉末剤として製造することに成功しました。本技術で製造された吸入粉末剤は、上市されている既存の吸入粉末剤と同等以上の肺到達性能を達成しています。さらに、吸入粉末剤は、吸入液剤 (ネブライザーでエアロゾル化) よりも、α-キモトリプシンを安定に吸入製剤化できたことから、吸入粉末剤の優位性を実証しています。最後に、本技術で製造した吸入粉末剤の肺組織損傷を評価した結果、明確な肺組織損傷を引き起こすことはありませんでした。この新しい吸入粉末剤製造技術は、タンパク質など安定性の低い薬物を吸入粉末製剤化し、安全で効果的な治療に貢献する可能性があります。
本研究は、岐阜薬科製剤学研究室の伊藤貴章助教、玉城慎太郎氏(薬学科)、奥田寛生氏(薬学科(当時))、山添絵理子助教、田原耕平教授の成果であり、「International Journal of Pharmaceutics」に公開されました。
本研究成果のポイント
- 本研究で開発した製剤技術は抗体医薬や核酸医薬など熱に弱い薬物との親和性が高い。吸入粉末剤は薬物が加水分解する懸念が無く室温で保存安定性に優れる。すなわち、ワクチンなど、コールドチェーンに縛られてきた薬剤の流通や大規模自然災害時の安定保存に絶大な貢献ができる。
- 抗体医薬や核酸医薬は注射剤としての投与がほとんどである。注射投与は患者へ侵襲による苦痛と通院の負担をかけ、医療者には用事調製と注射投与に伴う心身の負担が生じる。本研究で開発した製剤技術は投与経路が注射に限られた薬剤に吸入投与という新たな薬物投与経路を提供できる。
- 吸入投与は在宅治療を可能にすることで患者の心身の苦痛を取り除きQuality of Lifeの向上が期待できる。加えて、医療者においても注射投与の負担を軽減することができる。吸入液剤は、装置が発生させるエアロゾルが大気中を飛散するので、使用者以外が吸入曝露する危険性がある。吸入粉末剤は、自身の吸気で治療が完了するため、その心配が無い。
論文情報
- 雑誌名:International Journal of Pharmaceutics
- 論文名:Cryomilled electrospun nanofiber mats containing d-mannitol exhibit suitable for aerosol delivery of proteins
- 著者 :Takaaki Ito, Shintaro Tamashiro, Hiroki Okuda, Eriko Yamazoe, Kohei Tahara
- DOI番号:https://doi.org/10.1016/j.ijpharm.2024.124425
研究室HP
- 前の記事 リカレント講座II(第3回目)を実施しました
- 次の記事 薬剤師生涯教育講座(4回目)を実施しました